影向の松

国の天然記念物に指定され、樹齢は600年以上、東西に約31m、南北に約28mと繁茂面積日本一の松です。松は長寿の象徴として、古事記や万葉集、新古今和歌集に登場し、今でも新年や慶事の際に飾られています。

地元出身の第44代横綱栃錦が将来を担う子供達を励ますために造られた横綱山から「影向の松」を臨むことができます。

朱塗りの山門の裏側には、寺の「影向の松」に贈られた大横綱とJR小岩駅にある栃錦像の原型が飾られています。


びんずる尊者

お釈迦様の弟子の1人で、本堂の外で「撫で仏」として信仰されており、撫でる箇所に功徳をもたらすご利益があると伝えられています。

四国八十八ヵ所霊場

大正時代に四国八十八ヵ所それぞれの霊場から頂いた砂の上に祠(ほこら)が建てられました。この参道を通ってお参りすると四国遍路と同じご利益があると伝えられています。

天明三年浅間山噴火横死者供養碑

天明3年(1783年)浅間山の噴火により、江戸にも火山灰が届き、田畑に多大な被害を与え、天明の大飢饉が起こりました。特に吾妻川や利根川流域の被害は深刻で、犠牲者の死体が江戸川に溢れ、船の運航に支障が出るほどだったと伝えられています。流れ着いた犠牲者を供養するため無縁墓地に葬り、寛政7年(1795年)の13回忌には下小岩村の人々が碑を建てました。浅間山の噴火は日本だけでなく、世界的な低温や凶作を引き起こし、フランス革命の遠因にもなったと考えられています。